12月 20 2009

(^.^) すごい雪がふりました。大雪でまいりました。

12月になって暖冬かなと思っていたのですが、なななんと冬季間に積雪するような雪が、ドカットまとまって降ってきました。いやあ参りました。私は元来雪と寒さにはものすごく相性が悪くて、さっそく体調が乱れてしばらく寝込みました。雪をレジャーで楽しんでいる方にはわからないと思いますが?、雪とともに生活をする雪の街に住んでいますと、雪などロマンチックなものではありません^^;(笑い)。じゃまで、つめたいゴミのような存在ですね。しかし、雪景色など自然の情景はすばらしいものがありますね。雪も降り積もる街並みよっては、なかなか素敵な印象を与えてくれる天の恵のようにおもえますが、雪国の小さな街並みでは、むしろ閉ざされた城壁の囲いにしか感じられません。暗く重く陰鬱な空、街は沈んで、人々の口は重く鎖されているように思いますね。

アメリカの東海岸でも大雪だそうですが、ワシントンDCの雪げしきなら、なんか都市の街並みに積もる雪も、ひとつのオブジェのように感じられそうですね。そこに色とりどりのネオンや光などがビルの谷間に輝く光景は、なかなかいい感じかもしれませんが、鶴岡では、電柱のほそぼそとした蛍光管の光が、ポツポツとあるだけなので、なにか寂しさがこみ上げてきます。しかし、雪の力には、人間の感情などに芸術的なよい効果を発揮すると思います。

たとえ、雪景色が重く陰鬱でも、そこにはそこでしか感じられない色彩や音がありますね。乾いた感覚ではなく、独特の湿り気のある感覚がうまれますね。芸術的なインパクトはかなりいいのかもしれませんね。あとはその印象をどう受け止めていかにセンスよく、自分の中におさめるかそこが、問題ですね。

マーケットに行って安い食品をかって、レジをでたら、ユニセフの募金をやっていました。同じ地球上で生きていながら、その生活レベル(いろいろな要素があります)は、かなりの格差ですね。雪国で暮らす人とそうじゃないところで暮らす人には、それぞれある事にかんしては、全く見方がちがいますね。そのようなものが大きくソーシャルにまたは、インターナショナルになったのが、国により生活におけるソーシャルサービスのちがいですね。

人は、選択して生まれでることはできないので、募金される側になってもおかしくないのですが、まあいろいろな宗教的な運命論や種々雑多な論理が展開されることがらなので、深く考えたくないと思います。私はこの分野のことはきらいなので^^:。

なんとなく、200円を募金しました。ただなんとなくそうしたかったからです。でも、すばらしいX-MASプレゼントをいただきました。紙でできたツリーです。これがなかなか感動ものです。いいのですねーなによりも、どんなツリーよりもすばらしい、心が癒されるし温まります。素敵なツリーに感謝しています。大切にいつまでも保存したいと思いました。不思議な時がその時ながれました。世界に真の平和とすべての人々が笑顔で暮らせる日を心より望んでいます。私もだいぶ歳をとったのかもしれませんね。老い先短い運命なのかもしれません。

純粋で無垢な紙のツリーに、喜びを感じました。久しぶりに感動いたしました。このことを書きたくてここまで書いてきたのです^^;。 おわり。